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小池義孝の人生観


・ 本当の喜びだけを追求する
  私は「人にとって、喜びとは何か?」 その究極的な答えを知っています。それは自分自身が影響を及ぼす起点となり、何かが改善され、感動や幸福がもたらされる事です。人は自分が機能して役立っていること、改善がもたらされることに大きな喜びを感じるように出来ています。これに勝る人の究極的な欲求はありません。

 自分が行動して、誰かが幸福になる、苦しみから解放される、立派に成長する、これを嬉しく思わない人はいません。また自分自身が成長して改善されていくのも、至上の喜びです。自分自身の改善がまた、他人や社会へのより良い影響に繋がっていきます。このループを繰り返すのです。

 私は自分自身の改善、他の個人や社会の改善、この二つの追及を人生の中心に据えています。つまり理念です。  


・ 自分を活かす社会との関わり方の追及
 社会とは何でしょうか? それは個人個人にとって、協調と競争の場です。たった一人で生きていくのは困難です。ですから社会があります。人と人とが繋がって役割を分担させて、効率よく生活できるように設計されたものが人類社会です。ですから社会の本質とは、まず第一に協調に違いありません。
 ですから私は、社会をより良くしようという気持ちが強くあります。社会を構成する個人個人には、社会をより良くしていく義務と責任があると考えているからです。それが結局、自分の居心地をよくする事でもあります。社会が良くなれば、その構成員である自分にとっても恩恵があるのは当然です。

 もし能力があるのに、それを全く活かさず、社会に貢献しなければどうでしょうか。それは社会的な責任に対する怠慢というものです。物質的にも豊かで、人権思想や法整備があるこの社会で生きていけるのは、多くの人がその能力を発揮して尽力してくださったからです。その長い長い積み重ねの上に、私達の生活があります。
 その中で自分はそれをしないで一生を終えるような事があれば、恩知らずというものです。ご恩を今の社会と後世にお返しするという意味でも、社会貢献は必須です。

 私は私の能力の範囲で、存分に貢献をしようと考えています。


・ 仕事とお金の考え方
 私は経済の基本は物々交換にあると考えています。例えば農民が米を作り、漁師が魚を獲り、それを交換するといった事です。これによって農民は漁をしなくても魚を食べられ、漁師は農作業なしに米を食べられます。
 役割を分担して自分の仕事に集中すれば、それだけ生産性も上がります。そうやってサービスとサービスを交換し合って、皆で豊かに暮らしていこうとするのが、仕事の本質的な価値というものです。
 ではお金はというと、物々交換をより効率的にするための道具という位置づけになります。仕事をしてお金を頂くという事は、自分が作った米と引き換えに魚をもらうのと、本質的には同じ意味になります。

 ただお金、貨幣というものは、その先にいる”人”を見え難くします。人に感謝するのを忘れ、ただ目の前のお金に目を奪われがちです。私は貨幣経済の中であっても、自分の生活を支えてくれる仕事の全てに、想像力をもって感謝の気持ちを忘れないようにしています。

 改めて、仕事の意味とは何でしょうか。それは役割分担であり、社会貢献そのものです。個人個人がプロフェッショナルとして仕事をしていけば、社会は自ずとより良いものになります。
 得たお金を使ってサービスを購入して、良い仕事をする人達を育てていく。この循環によって社会はより良くなっていくのです。

 

・ 人には親切にして当たり前
 他人に対して不親切で、自分の利益しか見ていない人達が多くいます。悲しいですが、それが現実のようです。お年寄りが目の前に立っていても、まったく席を譲ろうとしない方達も多く見かけます。しかもそれが優先席であってもですから、目を疑います。もしかしたら私が見た何人かは、体調が悪くて譲りたくても譲れない状況であったかもしれません。ですが殆どは、そういった特別な事情のない方であったでしょう。
 お年寄りに席を譲るといった行為は、特に良いことをしている訳ではありません。当然の事です。自分が若く健康なら、立っている状況はさほど苦痛ではありません。ですがお年寄りには、それが辛いのです。であれば席を譲ってあげるのが、まともな人間というものだと思います。

 自分がほんのちょっとの犠牲を払うだけで、他人がすごく助かる。そうすると自分の小さなマイナスと他人の大きなプラスとで、社会としては差し引いても大きなプラスになります。
 よく強い自己犠牲が称賛されます。これはこれで素晴らしい精神だと思います。ですが助け合いの基本は、余裕のある人が余裕のない人に手を差し伸べる事なのだと思います。家庭でも職場でも、通りすがりの人であっても、同じ話です。

 人が社会を作っているのは、助け合うためです。そこで人に親切にしない方は、社会の恩恵にタダ乗りしようとしている事になります。そんな人が多くなれば、社会は社会の意味をどんどん失っていきます。
 ですから、人には親切にして当たり前だと考えています。理屈なしでも、何よりも素直な心の反応が、それが正解だと教えてくれます。

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